椅子上生活

主に椅子の上にいます

ロボット・漫画好きが見たNHK「半分、青い。」

NHKの朝の連続テレビ小説半分、青い。」が終わりました。

個人的に、序盤はすごくすごく期待して見た作品でした。


・主題歌が星野源
・現代劇(個人的に好き)
・主人公が漫画家になる
・主人公の相手役がロボット工学専攻
・ロボット関係の監修に高専ロボコン運営関係者も関わっている
DPZが情報提供!(糸電話)
・片耳難聴という設定をどう生かすのか


この情報だけ見たらわたしがハマらないわけない、と思ったんですよ。
その期待が打ち砕かれ、やがて見るのをやめてしまったのです。


最初のモヤッとポイント

 序盤、鈴愛は何の訓練もせず、鉛筆書きではあるけれど漫画を一本完成させました。
その漫画も、構図がしっかりし、背景も要所描き込まれ、たしか自転車(絵描き的に超難易度の高い小物)まで登場する、すっきりとした線の読みやすい漫画。しかも初めて描いたその漫画を最後まで完成させ、家族や友人に見せまくるのです。


 漫画を完成させるということ自体はすごいと思ったし、ドラマ的都合ではあると思うけど、それまで「お絵かきが好き」とか「話を空想するのが好き」とかの描写も無しのズブの素人がこんな完成度の高い漫画を描くのか、というショックをまず受けました。
 そしてその初めて描いたもの(実体験を元にしている私小説的なもの)を友人たちに見せまくるという行動にも、お絵かき好きマンとしては「えぇー!」と驚き、ありえない、と思ってしまいました。


そんな漫画描き見たことない…。


…いや、いるのかもしれない。

 
 わたしには理解できないけど、何もせず漫画を描く才能が備わっている超人にはあるのかも、と自分の中で納得させました。


 わたしはこの感情が何か分かっていました。
鈴愛への嫉妬です。
 この「嫉妬」の感情は個人的なものだから、物語を見る上で評価の軸としてはいけない。そう思って視聴を続けました。


 しかしその後も、その漫画家として本質的な、完成まで持っていける才能が認められるということでもなく、絵の練習をしたり、漫画家になるにはどういう道具を使って描けばいいのかを調べたり、さまざまな漫画を勉強のために読み解いたり、といった描写もなく…。


 話は飛びますが、以前、この朝ドラの劇中の漫画の作者、くらもちふさこさんと同じく少女漫画界の巨匠、萩尾望都さんの「漫勉」を見ました。
 当時60代の萩尾さんも、漫画の中で手の角度をリアルに、と、自分でポーズをとってスケッチしながら描いたりといった努力をしていました。還暦を過ぎた今でもなお、です。
 巨匠・ベテランと呼ばれる方ですら、絵が上手くりなりたいと言いながら努力をし続けている姿を見た身としては、漫画を完成させる才能を持ちながら努力しない鈴愛に、ある種のいら立ちを覚えていました。
(作中では漫画を完成させたこと自体は才能として全く評価されていないのですが)

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もう見続けられない

 そして具体的な視聴をやめたきっかけは、鈴愛が秋風羽織(漫画のアシスタントになった先の先生)の生原稿をひっつかみ、「窓からばらまいてやる!」と言い、そして想像のシーンながらも実際にばらまき、車に原稿が轢かれる映像が出たこと、さらに「セクハラされたとでっちあげて世間に訴えてやる」のセリフでした。


 漫画を志す者としてあまりに不誠実で、目を覆いたくなる映像。
ドラマ撮影上、コピーだとしても、漫画家が魂を込めて描いた原稿が無残に車に轢かれるなんてありえない。
漫画をテーマにした作品でそんな映像が流れるなんて。

 一度でも原稿を描いたことがある人間ならば、そんな発想すら持てないと思うのです。
努力もしない鈴愛が漫画原稿を雑に扱う。


作品全体が、漫画への敬意が無い。


 さらに「セクハラねつ造の可能性の示唆」だなんて、真にセクハラ被害に悩む人たちを後ろから殴るようなことを口にするなんて、そんなことを朝ドラという幅広い世代に見られる作品でやっていいことではない、と思いました。

 決定的に、わたしはこの一言で鈴愛の全てを嫌いになったし、見続けることはできないと思いました。


 それまでの視聴経験で、この朝ドラでは見過ごすことのできないセリフや行動があっても、劇中で省みられ自身で反省したり、たとえ反省がなくとも、そういうのはよくないと他者に正されたりというシーンが発生することはないということがなんとなく感じられました。


 今後もこんなシーンが出てくるならば、もう視聴は続けられない、ましてや朝から…ということで、毎朝の視聴からは脱落しました。


 最初に書いた通り、色んな要素的に、本当は見続けたかったんです。でも、それすら叶わなかったドラマでした。

とにかくとにかく残念でした。



でも結局終盤は見てました

 ちなみにロボ関係者による「またものづくり関係で盛り上がりますよー」とのアナウンスで終盤から再視聴しました。


 律が管理職ではなくものづくりを続けたいと会社を辞めたこと、ひたすら考えてものづくりをしていたシーン、アイディアがひらめいて手を動かし始めるシーン。ドキドキしました。良かった。

 ストーリー等はもう諦めていたので、もろもろに突っ込みつつも広い心で暖かく見ました。


 津曲さんが改心したシーンはとってもよかったです。

「媚びるな。自分でいろ。」

有田さんカッコ良かった。
(なのにかんちゃんのシーンは「転校しよう」のひとことで解決…)


 終盤、震災をクライマックスに持ってきてましたが、あれは乗り越える課題としてもうちょい前に持ってきて欲しかったです。
 あの高ーい扇風機をどう売り込んでいくんだろうって思っていたので、売るシーンが無かったのは残念。「スイッチが合わない」をどう乗り越えたのかな…とか。


 まあ、2018年現在、DCブラシレスモーター扇風機が主流になっているし、マザーは売れて時代をけん引していったということでしょうか。


 結局、このドラマは「鈴愛と律の物語」だったということで、ここで終了でよかったんでしょう。


 最後、「雨の音がきれいに聴こえる傘」の音が合成だった事が残念…。
結局、雨の音がきれいに聴こえる傘は実在しないということなんでしょうか?サラッと出てきて残念。
 これもこだわりがあったならちゃんと時間を取って欲しかったです。



制作者への信頼って重要なんだなあ

 今回の朝ドラでわかったのは、脚本への信頼が無いと、自分に合わないシーンが出たとしても見続ける希望が持てないということ。
 「これはきっと先のシーンへの布石なんだな」「きっとこのシーンが生きてくる」という希望が持てず、ただただ見るのが苦痛になってしまいました。


 それから、映像に無いこと、例えば何かの練習を裏で必死にがんばっていたとか、見えないとこで連絡してるだろうとかフォローしてるだろうみたいな事が、映像に無いと、それはまさに「無」でした。


・いきなり何かができるようになっている
・居ない人への安否の気遣いや確認
・ひどい言葉を言ったことの謝罪
・友人のひとりだと思っていたのに、安否が分からないと何も手につかないくらいの親友に格上げされていた


 これはそういうキャラ立ちがされていなかったのか、演出のせいなのか、脚本のせいなのか、よくわからないけれど…。


 元々脚本家について「例のTwitterドラマの人」という印象だったので、マイナスからのスタートというのも影響したのかもしれません。これはドラマ側ではなくわたしの問題。
しかし、残念です。



 賛否両論吹き荒れていた「半分、青い」でしたが、毎朝源ちゃんにおはようと歌ってもらった半年間はこれで終了です。視聴していた皆さん、キャストの皆さん、お疲れさまでした。




星野源 - アイデア【Music Video】/ Gen Hoshino - IDEA



アイデア

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連続テレビ小説「半分、青い。」スピンオフ漫画 「半分、青っぽい。」

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